「愛」とは何か?「生」と「死」とは何か?ということを問い続けてきた草間彌生の芸術に、我々は心を揺さぶられる。「国立新美術館開館10周年 草間彌生 わが永遠の魂」に寄せて。

国立新美術館 「草間彌生 わが永遠の魂」展覧会会場


日本の古いしがらみから逃れたい、日本を飛び出したい一心で、1957年11月、草間彌生はアメリカに渡った。強く反対する母親を説得するのに8年の歳月を要し、気軽に海外に渡ることのできなかった時代に、ひとり苦闘しながら渡米を実現させた。

翌年、ニューヨークに活動拠点を構えた草間彌生は、それから10年もたたぬうちに、アメリカのみならず世界的に、前衛画壇における芸術家として知られるようになっていた。

《自殺した私》1977年 東京都現代美術館蔵

1929年、長野県松本市の種苗業および採種場を営む格式高い旧家に生まれた草間彌生は、幼いころから、採種場へスケッチブックを持ってよく遊びに出かけていた。群をなしているスミレ畑で物思いにふけって座っていると、突然スミレの一つ一つがまるで人間のように、それぞれの個性をした顔つきをして、話しかけてくる、という体験をする。

スミレの語りかけは、どんどん増殖していき、耳が痛くなるほどであった。そういった、植物や動物の話す言葉が聞こえたり、物体の周りにオーラが見えたり、身の周りのものがすべて水玉や網目で覆い尽くされる、といった強迫的な幻覚や幻聴に悩まされるようになる。それらの恐怖から逃れ、心理的な抑圧から自らを解放するために、襲い来る幻視、幻覚の体験からくるイメージをスケッチブックに描きとめていくようになったことが、草間彌生の芸術の原点である。

《かぼちゃ》1999年 松本市美術館蔵

生家が種苗業・採種場を営んでいたということもあり、草間の作品には、花や植物のモチーフや大地といったテーマのものも多い。草間は、自伝「無限の網」の中で、草間作品の中でも主要なテーマとなっているカボチャについてこう記している。

「祖父の広大な採種場に遊びにいったときである。採種用の花である百日草や日々草、ノウゼンハレンの草の小道に、ところどころカボチャが小さい実や黄色い花をつけていた。

ふと奥を見ると、成っている、成っている。人頭大のカボチャである。私は百日草の列をかきわけて中に手探りで入り、茎からカボチャをもぎとった。とたんにカボチャは命をもって私に語りかけてくるのだ。その手触りのいとしさが何とも言えなかった。とったばかりのカボチャは露でぬれていた。」

愛嬌のある形をした、太っ腹な飾らぬ容姿、たくましい精神的力強さのあるカボチャに魅せられた草間が、寝る間も惜しんでとことん写実的にカボチャを描いたときには、

「赤い毛氈の上に、鳥の子麻紙を敷いて、筆を横に置き、まず坐禅を組んで瞑想する。やがて朝の太陽が京都東山に昇ってくる。そこで私はカボチャの精と向かい合うのだ。一切他のことを忘却し、一個のかぼちゃに心を集中していく。達磨が面壁十年のごとく、一つのカボチャに一カ月をかけた。」

「カボチャの精」も喜んで草間に向かい合ったに違いない。

我々の足元に広がる大地に根を張り、命を芽吹かせ実を結んでいったカボチャや玉ねぎや花草が、やがてまた種となり、次の芽吹きをもたらしていく。循環していく命の神秘やエネルギーを肌で感じながら育ったであろう草間ならではのテーマに基づく作品、中でもとくに「カボチャ」の作品は、草間の愛情がカボチャのフォルムに載せて膨らむほどに詰まっていて、多くの人の心に届いている。

《No. AB.》1959年 豊田市美術館蔵

今回の展覧会では、初期作品から27歳以降のニューヨーク時代、帰国した1973年以降の東京時代から現在の創作活動に至るまで、約270点の作品によって、草間芸術の全貌が観られる。

1950年代には、抽象的でありながら、動植物、人間、天体、都市など、多岐にわたるモチーフをテーマに、生命感と宇宙的な広がりを感じさせる作品を手掛け、批評家・瀧口修造らに高く評価され、東京でも何度か個展を開催した。

1957年秋に単身アメリカに渡り、ニューヨークで活動を開始した草間が最初に高い評価を受けたのは、巨大なカンヴァスを小さな網目状のストロークで埋め尽くした、モノクロームのネット・ペインティングであった。

その後、男根状の突起を家具などにびっしり貼り付けたソフト・スカルプチュアや「ハプニング」といったパフォーマンス、性や食品に対するオブセッション(強迫観念)を主題とした先駆的な作品などを矢継ぎ早に発表し、注目を集める。

(左)《The Man》1963年 広島市現代美術館蔵 (右)《自己消滅(網強迫シリーズ)》1966年頃

体調を崩し、1973年に帰国した草間は、東京で入院生活を送りながら活動を再開。絵画や彫刻、インスタレーションにおいては、水玉、ネット、男根状の突起などの従来のモチーフを大胆に再解釈し、具象的なイメージと組み合わせた色彩豊かな作品が生み出された。

コラージュ、版画、小説や詩といった文学作品など、新しい分野にも挑戦し、性と死、無限の宇宙などの普遍的なテーマにもとづくこれら作品は、率直な表現によって新しい観客を獲得し、草間の作品世界はますます広がっていった。

(左)《いまわしい戦争のあとでは幸福で心が一杯になるばかり》2010年 (右)《私に愛を与えて》2015年

2009年から着手している「わが永遠の魂」の大作絵画の連作は、現在に至って描き続けられており、正方形のカンヴァスにアクリル絵具を用いて、色彩豊かな画面が驚異的なハイペースで次々と生み出され、500点に及ぶ最大のシリーズとなっている。

国立新美術館の会場に入ると間もなく、大展示室の壁面を埋め尽くすように展示されている「わが永遠の魂」の連作からの約130点の作品群は、壮観である。

草間彌生
幼い頃から、生きるために芸術の道をひたすらに求め、苦闘しながらも、わたしたちに見せてくれる草間彌生の世界からは、生きている限りどんな命も彩り豊かに輝ける、という生命賛歌が響いてくるようだ。

「愛」とは何か?「生」と「死」とは何か?ということを問い続けてきた草間彌生の芸術は、わたしたちが、広い世界に生きていることを教えてくれるし、生命や宇宙の神秘にも近づけてくれる。喜びや悲しみも含めた、この世界で生きることの素晴らしさを、優しく、力強く示している。

草間が芸術なくしては生きえなかったように、人間にとって、いかに芸術が必要であるか、ということをつくづく感じさせられる、愛に満ちた展覧会である。

参考文献:「無限の網―草間彌生自伝」
「国立新美術館開館10周年 草間彌生 わが永遠の魂」展覧会ホームページ




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